中2病と青年期危機について考えてみた。

二病とはなんだろう?

前回のブログ記事にて「中二病」という言葉が登場しましたが、この言葉にあまりピンと来ない方もいらしたのではないでしょうか?

そこで今回は中二病とは何なのか考察してみることにしました。

中二病(ちゅうにびょう)とは何だろう?

まず【病】という言葉が目に付きますが、中二病は診断がつくような医学的な病気ではありません。

この言葉自体は芸能人の伊集院光さんの造語だそうで、人格が成熟していない思春期にありがちな、ちょっとこじらせちゃった感のある言動や行動を揶揄する言葉のようです。

中二病の特徴とは?

中二病の特徴はいくつかのタイプに類型されるという興味深い情報がありましたので、ここでご紹介させて頂きます。

◆邪気眼(じゃきがん)タイプ

ゲームやアニメ、漫画などの登場人物に影響を受け、日常生活においても模倣するタイプ。

※邪気眼(じゃきがん)というのは、大人気少年漫画『幽遊白書 』(冨樫義博 著)の登場人物が持つ特殊能力のことだそう。

◆DQN(ドキュン)タイプ

いわゆる”不良”に憧れて反社会的行動をカッコよいと認識するタイプ。


反抗挑戦的な態度や社会のルールに反発するが、本当に悪いことがしたいというわけではなく、あくまで”フリ”なので実際のトラブルに発展するとうろたえてしまう。

◆サブカルタイプ

他人とは違う趣味・趣向を強調し、特別である自分を主張するタイプ。

同年代の仲間がおおよそ興味を持たないであろう専門書を購入したり、美術館に出入りしたりするが、それは実際の本人の好奇心から発生した趣味ではなく、”そういうことをやっているカッコいい自分”を演出したいだけの実体のないものである。

なぜそんなことが起こるのか?

上述のような行動をしているクラスメイト、あるいは自分に気がついたことって恐らく人生の中で一回はあるのではないでしょうか?

今となっては赤面してしまうような出来事だったかもしれませんが、私自身、中二病は恥ずかしいことでもなんでもなく人間が人格的に発達していく上で必要な通過儀礼だと捉えています。

中学2年生というのは、思春期の真っ只中であり、人生で初めての高校受験への意識、部活動における先輩後輩のヒエラルキーなどなど・・・たくさんのプレッシャーに遭遇する時期です。

また、第二次性徴のはじまりでもあり、声変わりや体型の変化、ヒゲや体毛の発現、異性への意識など、心身ともに不安定になる時期でもあります。

そんな不安定な中、子供たちは様々なモデルケースから自己の方向性を定め、自分らしさの獲得という成長をしなくてはならない課題にぶつかります。これを心理学的には【青年期危機】と呼びます。

まだ経験不足な彼氏彼女らがパーソナリティのお手本となるモデルの選別に試行錯誤するのは当たり前であり、自分たちが大好きなゲームやマンガ、ドラマなどの架空の世界にそのヒントを見出すこともあるでしょう。

しかしながら、例えばマンガにありがちな芝居がかったセリフや奇抜な格好などは日常からするといささか逸脱した行動・表現であるため、ちょっとこじらせた感じになってしまいます。

また、本心から求めたわけではない喜びの得られない行動というのは決して自己を満たすことはありません。きっとある種のむなしさや不安感を増大させてしまうことでしょう。

蛇足ですが、中二病の程度は個人差がありますが、どちらかというとクリエイター寄りのイマジネーションが豊かな方や、精神的にも対人的にも敏感な感性を持っている方に色濃く出る傾向があるように私見ながら思います。

皆様の周囲ではいかがでしたでしょうか?

青年期危機とは?

【青年期危機】(せいねんき きき)とは、発達心理学者のエリク・エリクソン(E.H.Erikson 1902-1994)が提唱した概念です。

エリクソンのいう青年期とは13歳~21歳くらいまでの期間を指しますが、この時期は第二次性徴のスタートに伴って男女の体つきの変化、性役割の認識、自意識(他人から見て自分はどう見えていて、かつどう思われているのかなどの意識)が急激に発達していく時期であり、子供たちは心身ともに不安定な状態になります。

この大切な時期に青少年たちが直面する自分自身や他人との向き合い方をエリクソンは人生における課題のひとつであると考えました。その”課題”の目標とは、即ち自分らしさ(パーソナリティ)の確立です。

この時期につまづきがあると、【自分らしさ】【自分は一体何者で何を欲しているのか】【素直な自分の気持ちとはなんだろう?】というテーマについて混乱をきたし、様々な問題が生じてくると言われています。

例えば、自分の居場所がわからなくなって家出したり、不良グループに入ってしまい、関係に流されていくうちに本来の自分を見失ってしまうなどなど・・・。まさにその後の人生を左右しかねない”危機”に青少年たちは直面していくことになるのです。

どのようにして青年期危機を乗り越えればよいのか

結論すれば、青年期危機を乗り越えていくのは他ならぬ子供自身のため、自分で何とか乗り切っていくしかありません。

しかし、まだ社会経験も人生経験も乏しい彼らが明らかに危険で不利益な選択や行為に身をまかせてしまうケースがあります。

例えがよくありませんが、児童買春への勧誘などそれが子ども自身の力で抜け出せなかったり、本心ではなく流されてしまった結果なのであれば、保護者が上手に見守り、手助けしてあげることが必要になります。

昭和ぐらいの頃は「子供同士の問題は子供同士で解決すべき」という風潮がありましたが、ネット社会の発展に伴って、かつては想定できないような複雑な問題が子供同士の世界にも発生する時代になってしまいました。そのため、保護者は子供たちの機微について注意を払わなければなりません。

しかしながら、ここで難しいのは親の価値観の押しつけやダブルバインドによる支配を行うべきではないということでしょう。

それらは時に子供たちの成長する力を奪い、他人都合の人生に子供たちの人生を変貌させかねないからです。

ダブルバインドとは

ダブルバインドとは「二重拘束」とも呼ばれ、二つの矛盾した命令を出すことで相手を精神に拘束してしまうコミュニケーションのことです。

このダブルバインドには「答えがない」ので、子供がされると窮してしまう他ありません。

結果、子供は自分自身の自由な発想や行動を表出することに恐れを抱くようになり、自らが成長する力を減退・消失させてしまうのです。

これは私の実体験ですが、典型的なダブルバインドの経験がありますのでちょっとご紹介させて頂きます。

私が小学生のころ、友人宅にて持参した菓子を食べていた時のことです。友人の母親が「ご飯食べてないの?」というのですね。私は食事は済ませていたので「食べたよ」と答えたところ、「ご飯食べたのにまだそんなものを食べているの?」と返されたのです。

なにかばつが悪くなった私は「・・・食べてない・・・」と咄嗟にウソをついてしまったのですが、すると今度は「ご飯食べてないのにそんなものを食べているの?」と言われてしまって委縮した思い出があります。

どないせーっちゅうねん(苦笑)・・・と今の私ならユーモアをもって返せますが・・・。

成人後も中二病が続くケースはあるのか?

中二病が30歳になっても40歳になっても続くケースというのはあるのでしょうか?

思春期ほど極度では無いにせよ、私は十分ありえると思いますし、そういったケースはたくさんあるように感じます。

思春期を通過してもなお”中二病的”な行動を続ける人というのは既にそれ自体がその人らしさになっているというか、【思春期の人格が不安定な状態でよくわからず選択していた行動や観念 → 本当に好きでそうしている】という構図で人格的には安定したものにシフトしているのかもしれませんね。

事例としてご紹介するにはいささか不適切かもしれませんが、『南倍南勝負録 玄人のひとりごと』(みなみばいあんしょうぶろく ぷろのひとりごと/中島徹 著)という漫画作品に登場する主人公・南倍南(みなみばいあん)はまさにサブカルタイプの少年がそのまま大人になったようなパーソナリティで描かれています。

また、思春期後もまだ中二病的な自分に不満を感じて、自分を変えたい!という気持ちがある方はどうすればよいのでしょうか?

これはいささか偏った考え方ですが、人生経験や社会経験の豊富さの有無、趣味を含めた興味の対象の多様性に打開のヒントがあるのでは?と考えております。

すなわち、趣味や対人関係を豊富にすれば自身のパーソナリティのお手本とすべきモデルケースが増加し、パーソナリティの成長につながる・・・かも?

最後に

どちらかというとネガティブなイメージがある中二病ですが、思春期の人格の成長にとって必要なものであるという私見を交えつつ、今回はご紹介させて頂きました。

文末にご紹介した【いろいろなことに興味をもって趣味や人間関係を広げることが人格を成長させる】ということについても、思春期がまさにそのような環境に青少年たちが突入するわけです。

一方で難しいのは、色々なことに興味を持つには精神的な余裕や心身の健康状態が良好であることが大前提となります。

例えばあなたが腹痛がするのに友人らと焼肉へ行こうと思わないように、何らかの欲望が発現するためには元気が必要であるからです。

なかなかにデリケートな問題ですが、何に対しても興味が持てないという方はまずは消耗していたり、実は傷ついているかもしれない自分自身を十分に癒し、気力を元気に取り戻してあげる必要があるでしょう。

「身体は別に元気だけど・・・?」という青少年たちは、自信が直面しているプレッシャーや不安についてケアをしてあげることが必要です。恐怖におびえているような状態では何も楽しい発想や欲求は湧いてこないのですから・・・。

私がそのお手伝いをすることができれば、これ以上の光栄はありません。