アルフレッド・アドラーの名言

近流行りのアドラーネタいきます。

本日もブログをご覧くださり誠にありがとうございます!静岡市清水区の整体院・ほぐし処くさなぎの野村です。

近年、「自分の人生を自分らしく生きる」というテーマについて壁にぶつかりがちな現代人の肩を力強く押してくれるような名言で有名なオーストリアの精神科医にして心理学者であるアルフレッド・アドラーが話題になっていますよね。

そんなアドラーの名言は数多にありますが、その中で個人的に面白いと思ったものがあったので今回は具体的な事例を交えてご紹介させて頂きます。

アドラー先生の有難いお言葉




人の行動の95%は正しい行動である。


しかし、私たちは「当たり前だから」とそれを無視してしまう。


わずか5%しかない負の行動に着目してはいけない。

 

- アルフレッド・アドラー -

これ・・・現実的によくある出来事だと思うのですが、人ってなぜネガティブな物事にばかりフォーカスし、順調な物事に対しては「当たり前」と看過してしまうんでしょうね。

この手の心理傾向って日本だと室町時代には既にあったようで、かの有名な一休宗純(いわゆる一休さん)もこの手の疑問を呈する人物を諭したという逸話があるようです(※)。

(※「地獄と極楽がみたい」と話す人物の首を絞め、苦しむ様子に「これが地獄」、首を締める手を放して「これが極楽」と諭したという)

なぜネガティブな情報にばかりフォーカスするのか?

「良いニュースよりも凄惨な事件などのニュースのほうが視聴率が集まる」という話を耳にしたことがないでしょうか?

なぜそのようなことが起こるのかというと、ネガティブなニュース(即ち社会秩序の維持や個人の生活の安否に関わる情報)というのは人間の根源的な生存本能が”重要な情報である”と判断するからなのかもしれませんね。

かたや自尊心の低下や精神の不安定さをカバーするためにネガティブな情報に反応しているケース(いわゆる人の不幸は蜜の味)、ある種のトラウマに個人が煽り立てられているケースなどもあるように私は思います。

それではトラウマ煽り立てられているケースとは一体どんなものなのでしょうか?

トラウマに端を発する2つの行動パタン

全てのケースには該当しませんが「ネガティブな情報ばかりに反応する=粗捜しをしている」という構図が成り立つのであれば、一体なぜそんなことをするのでしょうか?

その原因の一つに私は「トラウマ」があるのではないかと考えています。つらい経験をしたときにその人が選択する行動というのはいくつかのパタンに分かれますが、概ね以下の2つのパタンに分類できるのではないかと考えます。

パタンその①

こんなつらい思いをしたのだから、他人に同じ思いをさせたくない。

パタンその②

自分と同じ苦しみを他人に与えなければ傷ついた心が癒せない。

パタンその②の例としてよくあるのが年長者の苦労話ではないでしょうか?「俺が若いころは~」と言っては若輩に同じ経験や苦労をすることを強いるわけです。

これは一つの育成・教育として一定の効果があるのでしょうが、される側がどこか腑に落ちない気持ちになるのは、そこに年長者のトラウマを見透かして「単なる憂さ晴らしだろ~!」と見抜くからなのですね。

たとえ笑顔で「はい!」と答えても「ああ・・・ノーなんだな・・・」と人が察することができるように、人間の認知能力というのはどうしてなかなか大したものです。

育成・教育という正論の隠れ蓑をまとってはいますが、その真の目的はトラウマに起因した単なる憂さ晴らしだったとしたら・・・?

何だかとっても理不尽な気持ちになってしまいますよね。

心の傷とコンプレックス

ちょっと余談になりますが、皆さんは「コンプレックス」という言葉を聞いたことがあると思います。

「コンプレックス=劣等感」という意味にとらえられがちですが実際の意味は少し違っていて、かのカール・グスタフ・ユング「コンプレックスとは心のしこりのようなものである」と言っています。

すなわち「ある情報についてだけミョーに気になってしまう」という状態がコンプレックスであり、コンプレックスを持っている情報に対して人は過敏に反応するのです。

(例:「お前英語はからっきしだな~」と言われても腹が立たないが「お前本当に運動ダメだな!」と言われると腹が立つ・・・など)

コンプレックスを作り出してしまう一つの原因が「心の傷(トラウマ)」です。

ネガティブな情報にばかりフォーカスする人の心の内にはトラウマに起因する何らかのコンプレックがあるのかもしれません。

最後に

何やらまとまりのない文章になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?

今回はアドラーの言う「わずか5%しかない負の行動に着目してはいけない。」という事について個人のトラウマという一面から考え、ご紹介してみました。

最後に本件に関する具体的なエピソードをご紹介してお別れしたいと思います。


ー私が社会人3年目くらいの若手の頃、いつも感じていたことがあります。ー

 

それは、上司はなぜできていることをほめてくれず、ほんのわずかな、できていないところばかりを注意するのだろうか、ということです。

 

その頃、私は事業部の企画セクションで経営会議に提出する資料作成を行っていました。私が資料を作り、上司に提出。チェック修正を得てその資料が会議にかけられるのです。多くの場合、私が作成した資料は70~80点ほどのできあがりでした。そして20~30点の不出来の部分があり、それを直していくのです。

 

しかし、私が提出した資料について、一度たりとも70~80点のできている部分をほめてもらったことはありませんでした。資料をチェックした上司は常にできていない20~30点の問題指摘しかしないのです。私はそれが不満でした。問題指摘の前に、できている部分を認めてもらえたらどれだけやる気が増すだろう。そう思っていたのです。

 

多くの親や上司は、かつての私の上司のようにできていない20~30点だけにしか着目しません。すでにできている70〜80点を無視するのです。これでは勇気くじきにしかなりません。

 

そうではなく、できている部分に着目をするのです。それこそが勇気づけになります。

 

ほめるところを無理に探さなくてもすでにできている部分がたくさんあるのですから。

 

 

このエピソードに登場する上司の方もまた、自分の上司から同じような扱いを受けてやるせない思いをしてきたのかも・・・?

 

トラウマを乗り越え、自分も他人も許せるようになった時、真の心の癒しや開放が得られるのかもしれません。

 

「人には同じ苦しみを味あわせたくない・・・」「自分と同じ苦しみを他人にも味あわせなければ・・・」あなたは一体どちらのタイプですか?

 

それではまた次回!

 

 

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